相互承認の精神

  • 2017.10.15 Sunday
  • 16:48

先日読んだ雑誌二冊に、偶然、似たような話が載っていました。

いやテーマは違う話なんだけど、結論が同じって感じです。

面白かったので、簡単に紹介します。

 

「地域連携というけれど」(こころの科学5月号)

『家庭と地域社会、さらには学校が、同じ価値観を共有するということ自体が、もはや無理な時代になってきているのかもしれない。むしろ、異なる価値観をもった人たちが、それでもしあわせに共存できる社会のあり方を考えるべきなのでは、と思う。』

 

「道徳ってなに?」(教員養成セミナー10月号)

『本当に重要なのは、相手の価値観や道徳観がどうであろうが、それが人の自由を侵害しない限り「承認し合う」ことである、と。その意味で「相互承認」とは、道徳の一番根っこの本質である以上に、異なるモラルを持った人たちが共存するための「社会ルール」の本質なのです。そのため私は、現代の民主主義社会において必要なのは、特定のモラルを教える「道徳教育」ではなく、異なるモラルを持った人たちが共にルールを作り合う「市民教育」だと考えています。』

 

 

「道徳の本質は相互承認である」というのはヘーゲルの言葉だそうです。

ヘーゲルはまた「徳の騎士」についても述べています。

徳の騎士とは、例えば「不平等は絶対に許されない」などと主張し「徳」に燃える人のことだそうです。

 

あ〜いるいる、そういう人、ある組織にはいっぱいいるんじゃないですか?

 

そのような人は、不平等の元凶とされる人びとに対する攻撃を、かえって正当化し、ひどい暴力にもつながります。

徳の騎士のその心意気は立派なんだけど、「自分こそが正しい」と主張するひどく独善的な人でしかない。

 

ヘーゲルは言います、

道徳とは、そのような独善的な善を主張することでは断じてない。

どのような価値観や感受性や道徳観を持っていようが、それが他者を侵害するのではない限り、まずは承認することである。

この相互承認の精神こそが、道徳の本質である。

 

 

というようなことが書かれており、

大変共感しているところです。

 

私は「徳の騎士」に立ち向かう「元凶とされる人びと」の一人でありますw

どこまでが自己責任?

  • 2017.10.03 Tuesday
  • 18:49

先日書いたんですけど、

「親を選んで生まれてくる」という話。

 

どんなひどい親でも、「あなたが選んだ親でしょ」と言えてしまう冷酷さ。

仮にですよ、仮に百歩ゆずって、そんなひどい親を選んだのが自分だとします。

 

ひどい親だとわかってて選んだんですか?

もしかしたら、最初はそんなことわからずに、なんとなく選んだだけかもしれないじゃないですか。

最初から虐待するために産む親なんてほぼいないと思いますが。

 

とにかくまぁ、生まれる前にまで遡って自己責任で片づけちゃうなんてもう論外なんですけど、

例えば、離婚によってシングルマザーになった人。

どんなに生活苦しくても、「自分で選んだ道でしょ」と自己責任で片づけられちゃいますよね。

 

私も、未婚シングルになって、妊娠中から一人きりで大変な思いをしましたが、

自分で決めた道だからと弱音吐くことなく、家族を頼るでもなく、頑張ってきました。

 

で、今年お盆に実家に帰省したときのことです。

叔母から、「いやぁ〜みきちゃんは一人で子ども育てて大変でしょう?」と言われたので、

何か手助けでもしてくれるのかと思いきや、

「うん、まぁ大変だけどもう慣れたね、出産から一人きりだからね」と返したら、

叔母は一言、

「まぁ自分で選んだ道だからしょうがない」

と冷たく言い放って終わりだったんですよね。

 

どうして冷たく聞こえたかというと、

なぜ未婚で産むことになったのか理由を聞かれたこともなく、

なので私も一度も話したことなく今に至るわけです。

理由も経緯も何も知らないのに、「自分で選んだ道」と決めつけて片づけてしまうのは、

あまりにも冷たく聞こえるわけですよ。

 

他の家族だったらどうするのかはわかりませんが、

例えば私なら、娘がそのような事態になったなら、まず「なぜ?どうして?」

それから「何かできることがあれば手伝うよ、いつでも頼って」となるでしょう。

 

自分で選んだ道だから自分で解決しなよ、って他人に言われたくないです。

自分自身がそう思って頑張るぶんにはいいんだけど、

この言葉って、安易に他人に言うべき言葉じゃないなと思いました。

 

なので叔母にも、

「それは一番言っちゃいけない言葉だよ」と言い返してしまいました。

叔母はきょとんとしてました。

「母子家庭の人はね、言われなくてもそう思ってるから誰にも頼ることができずに無理しちゃうんだよ」

 

一般論的に言ってしまいましたが、そのまんま、私自身のことなんですよね。

 

私の例ですが、

1.ある男性とお付き合いしました

2.妊娠しました

3.堕胎してほしいと言われました

4.別れました

5.一人で出産しました

 

3以外は確かに自分の判断が入って決めたことですね。

この人と付き合おう、この人の子供を産もう、この人と別れよう、一人で産もう。

 

そして3のような事態になったのは、1でそのような男性を選んだ私に責任があるということでしょうか?

DV被害にあう人もすべて自己責任で、そのような相手を選んだのが悪かったのでしょうか。

 

どこまでが自己責任なのか?

 

交通事故にあったのは、そんな道路を通ってしまった自分が悪かったんですかね。

不倫するしないは完全にリスク予測可能で選択できることなので、家庭崩壊してもそれは自己責任と言えるかもしれませんね。

 

あの時ああすればよかった、こうすればよかったと思うことはいくらでもあります。

でも私自身は、今がとても幸せなので、特に後悔するようなことはありません。

みんながみんな、常に正しい判断をし、正しい選択をし続け、人生うまくいけばいいですよね。

でもそんな人ってどれだけいるの?

そもそも正しい選択ってなんなの?

 

「あなたが選択を間違った」と言うのはたやすいです。

でも、大事なのは、これから先の未来なわけですから、

じゃあこれからどうするのか、

どうしてあげることがあなたのためになるのか、

そういう視点をもって言葉かけをしなければ、と思いました。

幼稚園の制服

  • 2017.09.30 Saturday
  • 19:11

夏前くらいに、びっくりする話を聞きました。

 

うちの子の通う幼稚園は、認定こども園です。

1号認定児は制服、2・3号認定児は私服でOK。

 

2・3号認定児は保育園と同じで、保育の必要な世帯であるため、

制服の強制はできないという理由らしいです。

うちは2号認定なので、高い制服なんて買いませんでした。

 

そしたらまぁ、四月の集合写真では、

制服着ていないのはうちの子だけwww

(他のクラスはわかんないけど)

 

目立っててラッキーと思いました。

子供本人も特に気にしてないので、私も笑い話程度に思ってました。

 

そしたら、

ある保護者から、

「どうしてみんな一緒に制服着ないんですか?」

とクレームらしきものがきたそうで・・・。

 

え?

は?

 

まぁ、それで園から制服着ろとかいう話にはなっていないので別にいいんですけど、

そんなことわざわざ言ってくる人いるんだーとびっくりしました。

 

幼稚園で同じ制服着ることにどんな意味が?

帰属意識?

規範意識?

統一感?

仲良しアピール?

 

 

イベントでお揃いのクラスTシャツを作りたがるママグループがいるそうで、

そういう連中に巻き込まれて、みんなおそろいTシャツ着てきたのだけど、

普段仕事のため幼稚園に来れない数人のママたちには知らされず、除け者にされていたそう。

 

イベントに参加してみたら、周りはみんなおそろいTシャツで、え?ってなったらしい。

仲間はずれみたいで気の毒だったと聞きましたが、

そんなのやりたい人がやればいいだけなので、

仲間外れにされたと気にすることでもないし、

気の毒だったと思うことでもないはずです。

 

だけど、みんな一緒じゃなきゃ、なんだか落ち着かない・・・。

みんな一緒であるべき・・・。

 

そんな雰囲気が支配的ですよね。

もう宗教です。

 

みんな一緒教なんですよ。

 

みんなと一緒に、

みんなと同じように、

それで楽しい人はそれでいいですけど。

(みんな一緒の安心感・連帯感は理解できますけども)

 

 

苦い思い出があります。

長女が幼稚園のとき、制服を嫌がったので、私も別にいいやと思って私服で登園しました。

先生たちはとても理解あって、別に制服でなくてもいいとなったので良かったのですが、

集合写真のときは、園の上着を無理やり着せられ、長女は半べそで写ってましたね。

 

「みんな一緒にきちんとした服を着るべき場だから」でしょうね。

 

今回、長男の入園式の集合写真でうちの子だけ私服のまま撮ってくれて、

今の幼稚園の対応は良かったなぁとありがたく思います。

(って、もしかしたら嫌がらせだったかもしれんけどw)

 

そういえば、

この前どこかで読んだのだけど(忘れちゃった)、

外国人のママさんが、入学式で子供に普段着を着せてしまったという話。

 

確かに、入学式でこれを着なくてはいけないという決まりはなく、

別になんでもいいんだけれども、

暗黙の了解として、そのような場ではフォーマルな服を着るものだと日本人なら誰でも思ってるわけです。

でも海外では必ずしもそうではないんですね。

 

〜式と名のつくものは、それなりの服装で、となりますよね。

雰囲気を壊さないとか、礼儀だとか、マナーだとか、伝統だの文化だの、いろいろあるのはわかる。

さすがの私も入学式は普段着では行かなかったですよ。

 

制服とか、そんなものは幼児のうちから押し付ける必要性ないと考えますね。

保育園では制服ないけれど、その子たちはちゃんと育ってますよね。

制服あってもなくても影響ないですよ。

都合の良い考え方

  • 2017.09.28 Thursday
  • 15:28

先日、給食の無理強いについて書いたばかりですが、こんな事件が起きてしまいとても残念。

 

『給食の完食指導で5人が嘔吐 小学校教諭を厳重注意』

 

教委は「配慮に欠けた指導」と言ってますが、

指導っていうか、もうこれ立派な傷害じゃん。

 

人は、本当に都合の良い言葉を使うもんだと思います。

 

傷害 → 指導

虐待 → しつけ

 

でもまぁ、他人に実害がないぶんには、何をどう都合よく思おうがいいわけです。

だけど「都合の良い思考癖」というのは本当に厄介なものだな、とも感じます。

 

昔、キャバ勤めをしていた頃、あるキャバ嬢に運命を感じてしまったオッサンがいました。

そのオッサンが若いころ大恋愛をした相手と、そのキャバ嬢の誕生日が一緒だったそうです。

それで、オッサンはそのキャバ嬢を「運命の相手だ」と感じたそうです。

 

その話を聞いて、私は、

「え〜すご〜い、私もその子と誕生日同じなんですよ」と言いました。(本当に同じ)

オッサン「え、そうなんだ!」と言って終わり。

 

なんだよ、私には運命感じないのかよ。

都合良すぎだろ、オッサン。

 

その後オッサンは色恋営業で金を巻き上げられ、

陰でバカにされるただの常連客になるわけです。

 

そんな風に、物事を都合よく解釈し意味付けしてしまうってことは本当によくありますよね。

また別の例ですが、都合良くというか「悪く」思い込んでしまった例です。

 

私の友人のバイト先のそば屋に、常連客のおばさんがいました。

彼女の夫は刑務官で、死刑執行人のひとりでした。

三人の子供がいますが、全員、病気や事故で障害者になったそうです。

彼女は、「人殺し(死刑)をしたから、子供たちが障害者になった」と思いこんでいました。

 

 

そして、この前からツイッターでよく見かけるようになった「子どもは親を選ばないで生まれてくる」ってやつ。

 

「子供は親を選んで生まれてくる」って話は確かによく聞きますよね。

「家族大好き、この親選んで良かった♪」と幸せ家族だけで完結してれば別にそれでいいと思うわけです。

 

そんなん本気で信じてるのは、江原啓之一家だけかと思ってたら、

どうやらそうではないようで。

 

虐待されてる子は、「こんな親選んでくるわけないだろ!」となるだろうし、

「自分が選んだのが悪い」と自分を責めてる子供がいたら気の毒過ぎます。

そういう人に対して「あなたが選んだ親でしょ」という考えを押し付けるようなことになると、

美しいお話も途端に残酷物語になるわけですよ。

 

だから、「子供は親を選ばないで生まれてくる」という絵本を作る企画があると知り、それいいね!と思うわけです。

ただ、同時に、「親に苦しめられている子どもたちが、親を選んで来ているはずがない」ということも言えるはずがない、と私は考えています。

 

「親を選んで生まれてきた」

「親を選ばず生まれてきた」

どちらの考え方も、

結局のところ、

あの世いかなきゃわかんねーだろ!話に過ぎないからです。

 

自分に都合の良いほうを選べばよい。

 

こちらの考え方で苦しんでる人がいたら、

あちらの考え方を教えてあげる、というだけのことだ、

ということは頭に入れておこうと思います。

 

事実や真実がどうあれ、

その考え方がその人の生き方にどう影響するか、ってことが重要なわけで。

 

人は、

単なる偶然の出来事に過ぎないことを、

都合良く解釈し意味付けする。

 

 

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給食の無理強いは強要罪

  • 2017.09.20 Wednesday
  • 17:50

以前、『居残り給食は体罰か?』という話を書きました。

今回は、「教員養成セミナー10月号」という雑誌に給食指導についてズバリ書かれていたので紹介します。

 

要点をまとめると、以下のようになります。

 

★給食の無理強いは強要罪、腹痛を起こしたら傷害罪

★強要罪、傷害罪は、刑法上だけでなく、地方公務員法違反でもある

★公務員は刑事事件で起訴されたら休職となる場合がある

 

だそうで、けっこう厳しく書かれてますね。

 

『飢餓に苦しんでる子供のことも考えて、絶対に残さないよう厳しく指導していきます』

というのはNG例。

(残さず食べたからって飢餓がなくなるわけでもないのにね)

 

どの程度が「給食の無理強い」になるんでしょうか?

居残り給食も、どの程度まで?

 

小学生ともなると、言葉で「もう食べられない」とか「どうしてもこれは苦手」と主張することも可能ですが、幼児となるとそうもいきません。

居残り給食なんて日常茶飯事、けっこうな無理強いもしてますね。

そもそも食事の時間が短いのでは?と私は思ってます。

 

口の中に食べ物をためこみ、飲み込むまでずーっと座らせられて、飲み込めと言われても結局吐き出し叱られる…。そうなるのは大体決まった子。偏食なのか、少食なのか、気分が悪いのか、それとも心理的な問題を抱えているのか、そんな要因について考えるでもなく、そんな指導の仕方に何の疑問もなく、とにかく完食させることを第一に考えてしまっているわけです。

 

だけど先生たちは嫌いな物残してます。何らかの理由で食べられないときも普通に残します。

幼児期からどんな指導されようが、結局は大人になっても人は好きなように食べるのだな、という実例を間近で見ております。

(さすがに小中ともなると児童の手前、先生は残さないんでしょうけど)

 

すべての指導は、子供の人権を尊重したうえでなさねばなりません。私も含めてですけど、現場の先生たちは動物を調教しているのとはわけが違うのだということを肝に銘じて指導にあたらねばなりません。

 

最後に、

児童精神科医の佐々木正美先生の言葉も紹介しておきますね。

 

『子育てには一生懸命やってはいけないことがあります。偏食を直そうと、お母さんが頑張りすぎると子供はたくさんのものを失います。嫌いなものを食べなくても、楽しく食事をしていればたくさんのものが心の栄養になっていきます。』

 

差額ゼロの謎

  • 2017.09.15 Friday
  • 09:47

以前から少し疑問に思っていたことがあります。

毎年行われるPTA歓迎会の会計報告が、毎年「収入と支出の差額ゼロ」なんです。

 

参加人数は毎年違うし、

どうやって毎年差額ゼロになるようにしてるんですかね?

 

何か私の知らない決まりとかがあるんでしょうか?

必ずゼロにしなければならない理由があるとしたら、それはなぜ??

ちょっとわからないので、事情がわかる方いらしたら教えてください。

 

↑環境によっては読めない画像かもしれません、すみません。

 

JUGEMテーマ:PTA役員・委員会

幼稚園の父母の会

  • 2017.09.13 Wednesday
  • 23:13

幼稚園にもPTAはありますよね。

うちの子の通う幼稚園では父母の会と呼んでいて、先生は会員ではなさそうですが、私立幼稚園PTA連合会とやらに加入しています。もちろん上納金払ってますよ。

 

この幼稚園は認定こども園になったので、それまでは専業主婦が多かったんですけど、現在は専業主婦とワーキングママの比率は半々程度になったそうです。

 

で、夏前にバザーをやったんですけど、専業主婦組と働くママ組の間でちょっとした軋轢が生じてしまったんですよね。

私自身も、両者の温度差には以前から気付いていたんですけど、あまり幼稚園のママさんとも話をしないので、具体的に何があったかは知りませんでした。

 

後になってごちゃごちゃと知るわけですけど、

PTAで嫌な目にあったことある人は大体想像つくでしょ。

まぁとにかく小学校のPTAと問題の根っこは同じなんですよ。

 

専業主婦組が当然しきるわけですよ、

働くママ組はいきなり「明日集合」とか言われて参加できるわけないんだけど、

そういう内容のLINEメールが次々とくるわけ。

そのたびに「参加できません、すみません」とペコペコ謝らないといけないの。

 

私は絶対謝らなかったけど。

仕事で参加できないの、普通だし。

 

仕事から帰宅して、バタバタと夕食、風呂、寝かしつけとかして、

スマホみたら未読メールが大量に・・・・。読むのも一苦労。しかもほとんどは無意味な内容。

 

グループLINEって便利だけど、使い方考えたほうがいいよね。

大事な連絡したら、「返信不要」って言ってあげないと、

おヒマな人たちが次々と「了解しました!」「ありがとうございます!」などと可愛いスタンプとともに返信しちゃうから、そんなやりとりで埋もれちゃうのよ・・・。げっそり。

 

悪くはないんですよ、挨拶や返事って大事ですもんね。

けど、ランチ会のようなノリじゃなくてさ、

バザーというプロジェクトを成功させるための業務連絡用なのだから、

もうちょい効率とか考えたほうがよくないですかね。

 

私は既読がつけばそれでいいだろと思って放置してたんだけど、

たぶん「この人ちゃんとわかってるのかな」と思われたんだろうね、

個別にメールきて「読まれましたか?」とか聞かれwww

 

時々、それ二者間でやりとりする内容じゃない?ってのもあるし。

 

そして何より不愉快なのは、

参加して当たり前的な態度をとられること。

それにムカついている人が何人かいましたね。

私は、仕事あるんだから急に出られるわけねーだろ的な態度をとりましたw

 

中には、土日お仕事のママさんもいて、

バザー当日も前日準備も出られない人がいたんですけど、

当日か前日かどちらかには必ず全員参加する決まりになっていて、

その方は結局お仕事を休まれて前日準備にだけ参加されました。

 

自分も我が子も楽しむことはないバザーのために、

バザーやりたいって一部の人のために、

わざわざ仕事を休んで、

本当にボランティアですよね・・・涙。

↑すっごく愚痴っておられました。

 

さぁ、こうして何十人もの人たちが、

何日も何日も時間を費やし、

無給で働いた結果、

11万円の利益でした!!

(昨年度はね)

 

もう一回言いますよ、

11万円の利益!

 

は?

一家庭千円も出せば集まる金額じゃない?

ていうか、上部組織への上納金と、ほぼ読まれない新聞代でそれくらいの金額なんだよね。

 

費やした時間と労働力に利益が見合ってないっていうんですか?

コスパとか費用対効果とかいろんな言葉が出てくるけど、

なんてツッコミ入れたらいいですかね?状態。

 

結果なんてどうでもいいんでしょうね、

みんなが過程を楽しんでいれば・・・。

全員は楽しんでないんだけどさ。

 

人間関係にヒビが入っただけ。

仕事休んだ人は損失を被っただけ。

 

いいかげんもうバザーとかやめたらいいと思う。

制服やおもちゃのリサイクル市とかだけやったらいいんじゃないかな。

 

バザーの良いところは、

趣味の悪いハンドメイド品でもなぜか売れてしまうこと。

 

JUGEMテーマ:PTA役員・委員会

お久しぶりです

  • 2017.07.17 Monday
  • 23:13

たまには何か記事を…と思いながら何も書けない日々が続き、とうとうトップに広告が表示されていましたwww

 

幼稚園の父母の会のことや、保育園でのことや幼稚園での子供のこと、私が歯医者を変えた理由とか、元夫から逃れてきたママ友をかくまった話とか、メルカリで出くわした不思議な人たちの話とか、あれこれ書きたいんですよねー。

 

というわけで、本当にめちゃくちゃ忙しいんですけど、ちょこちょこ書いていきたいと思います。(思ってることは確か)

熊本PTA裁判は「和解」で決着

  • 2017.02.19 Sunday
  • 13:11

熊本PTA裁判は和解となりました。

熊本PTA裁判★福岡高裁の結果は【和解】となりました!

和解に至るまでの経緯はいずれ詳しく原告の岡本さんが書かれるでしょう。

 

和解の話が出てからは、和解派と判決派で意見が分かれましたが、

私は最初から一貫して和解派でした。

 

判決となると十中八九負けるだろうということは多くの人が認めるところでしたが、

あの和解案での単なる努力規定だけでは意味がない、負けてもいいから判決を、内容ではすでに勝っている、

という意見も確かにすごく納得のいくものだったのですが、私は思いました。

 

信者たちは、勝ったか負けたかだけを見る。

その内容なんて知ろうともしないし、理解もしない。

 

私自身は裁判官を相手にしてるわけではなく

リアルでは、昨日書いたような教祖おばさんみたいな人たちを相手にしてるわけです。

ああいう人には何を言っても「結局裁判負けたんでしょ」で終わってしまうだろうなと。

 

それよりは、

「裁判所から、PTAは任意の団体であるので、承諾もなしに入会させたり、退会を妨げることがないよう努めなさいって言われたんですよ」って説明したほうがはるかに良いように感じました。

私にとっては、あの和解案はそこまで意味のないものとは思えず、それなりに価値あるものと思えたのです。

 

でも判決派の意見が優勢でしたし(説得力あった)、岡本さん自身も判決を望んでいたので、

私はいかなる選択をしようとも岡本さんを支持すると伝えました。

岡本さんの裁判ですからね。最終的には岡本さんが決めることだ、と。

私から見ると、いろいろな方の意見にふりまわされてる感がありましたしね。

 

とにかく、みなさんお疲れ様でした。

 

 

昨日、私はバカだのマトモだのという話を書きましたが、

ツイッターに私以上にはっきりとバカについて語っておられる方がおりました。

非常に面白いな、と。

あはは。

そうだよねー。

バカが運営してるのでどうしようもない組織になってるんですわ。

そう、外から変えるなんて無理、ていうか外の人間がすることじゃない。マトモな運営者さんが改革したらよい。

 

どこぞのPTA会長さんのようですね。

この方が「PTAは絶対必要」とおっしゃることは特に否定はしませんし(私はそこまで思わないけど)、

素晴らしいですよね、子供たちのために頑張ってくださいと思います。

 

マトモな組織になっても私は入会しない。それだけ。

 

JUGEMテーマ:PTA役員・委員会

PTA信者と議論する気はないです。

  • 2017.02.18 Saturday
  • 21:34

最近続けてテレビでPTAの話題を放送したおかげで、あちこちで議論が巻き起こっているみたいですね。

ツイッターでの#PTAやめたの私だのタグが流行った影響ですかね。

 

まず、とくダネ!でPTAは任意だという話題をやったため、

私のブログアクセス数が一気に増えました。

私の以前の記事【とくダネ!】PTA役員決め近畿大教授のコメント【残念ダネ!】

これがヒットしたんでしょうね。

なんかコメントもついてるし。

 

さて、私はPTA信者の方々と議論する気はまったくありません。不毛だからね。

まず、私は反PTAではなく、非PTAなだけです。

 

実害がないぶんにはもうどうでもいいですけど、降りかかる火の粉は払います。

そのためにもこうやってたまにブログで書いたり、ツイッターでつぶやいたりして自分なりに考えをまとめておこっかなって程度なんです。

PTA信者と一生懸命議論してる方とか見るととても勉強になるし、すごいなぁと感心します。名言はすぐスクショします。(どこかで使おうと思ってw)

 

で、なんかすごい信者見かけたのだけど、信者じゃなくもう教祖だね。
どこが納得行かないのかわからない

わからないならそれでもいいけど、もうちょっと勉強でも下調べでもしてから発言すればこんな無知をさらすような恥ずかしい内容にはならないと思うんだけど、まぁブログだって独り言みたいなもんだからねぇ〜。

 

私もまた同じこと言っちゃうけど、

どうして信者ってこうも同じ例えを言うんですかね。

給食費払ってないのに云々とかね。

この例えのおかしさについては以前書きました。

正直、「感情の問題」は聞き飽きました。

 

そして、義務と権利についても以前ちらりと書きました。

PTAを退会するとよく言われるセリフ

 

義務と権利の話するんなら、

PTAって義務じゃないからねぇ、入会しない権利もちゃんとあるからねぇ、

勝手に入会させるとか、思いっきり他人の権利侵害してるってことを話題にして欲しいわ〜。

『いちいち説明する事も無く 入学=入会で』それダメなんですよー。

 

PTAからの恩恵w

子供は会員じゃないって事は解ってないの?バカなの??(教祖様風に)

子供は全員、非会員ですけどーーーー。

 

『結局は「やりたくない」の言い訳だと言う事がとてもよく分かる訳で』

やりたくないならやらなくていいんですもん。

理由とかは何でもいいですし、他人に説明する必要性もないし。

 

やらなくてもいいものに対して、「やりたくない言い訳」ってさ、

なんだかあれだね、

「頭痛が痛い」とか「海底の底」みたいなおもしろおかしさがあるよねぇ。

 

でさ、最近のこのブログのコメント読んでもわかるんだけど、

「PTAはやらなくてもいいもの」ってことがどうも理解できてない人だらけなんだよねぇ。

 

これをさぁ、「考えの違い」とか「自分たちが正しいと思い込んでるマトモじゃない人だから」で片づけようとしてるけど、

そういう問題じゃないんだよね。

価値観の違いでもなく、互いに正しいと思ってる人たちの意見、とかじゃなくってさ、

事実なのよ。

 

この日本という法治国家では、PTAという社会教育関係団体はですね、当然任意であって、全ての児童を支援対象とした公共性のある活動をする団体であるわけです。

 

よってですね、我が国の法の下では、

「PTAはやりたくなければやらなくてよく、会員の子供のためだけに活動することはゆるされない」

ということは事実であり、法的に正しいことなのです。

 

でも、理解できない人いますよね?どんなに繰り返し説明したって理解できない。そういう方を私は信者と呼びます。

 

身近にこういう人いませんか?

「あ〜あの人はB型だからね」

血液型性格診断をやたら信じてる人。

私の周りにはいっぱいいます。

でも、いちいち「それってどんな科学的根拠があるんですか?非科学的ですよね」と議論したりしません。

「でも当たってるのよ〜」と言われても面倒くさいし。

 

科学的に正しいとか、法的に正しいとか、そういうことは一切苦手な人たちがたくさんいるのも事実です。

 

価値観の違いとか、マトモだマトモじゃないとかいう問題ではなく、

なんていうか、思考パターンとか、認知機能の問題なんですよ。

パソコンでいったらスペックの違いですかね。処理できないんですよ。

動画編集とかサクサクできないんですよ。

 

教祖様のお言葉でいえば、「バカ」ってことですかね。

見下して言ってるわけじゃないですよ。

人間なんだから、能力に差があるのは当たり前だし、私もバカなんですから。

 

 

わたし、熊本のPTA裁判の支援に関わって思ったんですけど、

裁判とかに関わってくる人たちって、すごく知的レベルが高くて、知識も語彙も豊富で、

判断力もあって、理解力もあって、言うことには論理性があって、

あ〜議論とはこういうものかと感じることが多かったです。

 

でも、私がこれまで議論してきた相手はそういう人たちじゃありませんでした。

教祖様のブログとそのコメント読んで、議論できる人たちだって思いますか?

PTA問題に関わると、ああいう人たちを相手にすることになるんですよ。

 

だからもう信者とは議論しないし、改革しようとも思わない。

どれだけ楽しく素晴らしいPTAになろうが、入会はしない。

 

私は非会員として日々平和に過ごしたいと考えています。

 

 

JUGEMテーマ:PTA役員・委員会

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