トイレへ行ってもいいですか?

  • 2017.11.09 Thursday
  • 13:24

もう就職したときからの違和感、

子供たちが皆「トイレへ行っていいですか?」といちいち許可をもらいにくること。

 

トイレくらい、好きに行きなさいよ、生理現象なんだから。

 

許可をとるように先生からしつけられているのだ。

小さい子が「せんせいトイレ〜」と言えば

「先生はトイレじゃありません、トイレに行きたかったら、トイレに行ってもいいですか?でしょ」と教える。

 

さらに驚いたことがある。

ある女の子が朝の会の時間に「先生トイレへ行ってもいいですか?」と言うと、

先生は「今はトイレに行く時間じゃありません」

 

え?

本気で言ってるのそれ?

先生は本気でした。

 

まだオムツだから別にもらしたっていいと思ってるんでしょうか。

確かに保育園では決まった時間に行きますが、それはその時間にするようにしつけているわけではなく、トイレトレーニングを進めるためじゃないですか?

せっかく自分から排泄したいと言えるようになったのに、行かせないってどういうことよ。

 

ただ、先生にも言い分はあって、

その女の子はいつもトイレで遊んでしまう子で、朝の会の前にトイレへ行ったばかりなのに、また行きたいというのはただ遊びたいだけなんじゃないか、と判断したようです。

 

でも、本当に排泄したいかどうかなんてわからないじゃないの。

 

トイレなんて好きに行けばいいとは言え、

子供の居場所を把握しておく必要はありますから、

トイレに行くときは「先生トイレへ行ってきます」と言ってほしいと思います。

 

 

先日、ある小学校教師が「トイレへ行ってもいいですか?」と言う児童に「ダメです」と言い、児童の困った顔を見て楽しむということが問題になっていました。

 

そもそも、トイレへ行くのに許可とる必要ないよ。

大人の社会では、状況によっては許可の必要な場合もあるかもしれませんが、まずダメということはないでしょう。

子供にそんな許可をとるよう教えて、何の教育的効果があるんですかね?

 

とはいえ、常識的に育てば、このようなしつけをされてきた子供たちも、大人になれば普通に「ちょっとトイレ行ってきます」と自由にトイレに行ける人間になるんでしょうけど。

 

 

余談ですが・・・、

私は三人目の出産のときに、助産師さんが出かかってる赤ちゃんの頭を押さえながら「ダメダメ、まだ出さないで〜!先生まだきてないから!我慢我慢!」と言われました。

 

無理ですから!!!

 

 

JUGEMテーマ:保育園

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みんな一緒教

  • 2017.10.30 Monday
  • 12:39

先日、うちの子だけ私服で集合写真を撮影したら、保護者から「なぜみんなに制服を着せないのか」といったクレームがきたという話を書きました。

 

そして、生まれつき茶髪の女子高生に学校側が黒髪を強要したというニュースが世間を騒がしております。

それをきっかけに、ネットでは似たような話がうじゃうじゃ出てきていて、私の幼稚園の制服問題なんてすごくちっぽけ過ぎる感ありますが、根っこは同じ問題ですね。

 

みんな一緒教がこんなに蔓延してるとは。

改めて驚きです。

 

このニュースに関しては、真相はよくわからないですが、

テレビに出てた教頭先生が、白髪混じりチリチリM字ハゲでノーネクタイで肌着見えてる、というお姿だったので、髪型にも服装にもかなりゆる〜い学校に見えてしまいましたね。とても生徒を不登校になるまで追い詰めた厳しい学校とは思えないような。

確かに見た目の印象って大事ではありますね。

でも最も大事なのは人権でしょう。

 

この学校では、例え金髪の外国人留学生であろうと黒に染めてもらう、そうですが、完全に狂ってる。ヤバすぎですよね。

 

髪の毛の色についての私の考えは、

地毛だろうが染めてようが、髪色はなんでもよい

です。

市役所行って受付の人の髪の毛がピンク色でも別にかまいませんね。

 

とにかく、人権感覚に乏しい社会なのだということがよくわかりました。

保育園でもクレヨンのうすだいだい色のことを「これは肌色です」と教えている先生います。

もう、肌色と言わず、うすだいだい色とかペールオレンジなどと呼ぶようになって何年も経ってると思うのですが、現場では今でもこうなんです。

 

まぁクレヨンの色などは、私もたまに肌色と言ってしまうんですが、

教える場では絶対使わないようにしています。

 

時代はどんどん変わっていきます。

子供に関わる人たちは特にですけど、時代感覚、人権感覚を磨いていかないといけないわけですよ。

私も常に勉強です。

 

今回のニュースを機に、

学校のおかしな校則や、社会のおかしなルールを見直していけたらいいですね。

 

 

↓以下雑談。

 

以前にもどこかで書いたけど、

外国の先生から「日本人はほとんど同じ肌の色、黒髪、黒い目で生まれてくるから、人間は生まれつき違うのだということが感覚的に理解しづらいのではないか」と言われたという話。

 

金髪から黒髪、目の色も肌の色も様々な人が暮らす国では、髪の色なんて何色だろうがどうでもよい話でしょうね。

全員黒髪にしろとか、実にくだらない、そして大変な人権侵害であることは明白ですよね。

 

髪の色によって、真面目そうだとか不真面目そうだとか、それってそう思う側の思い込みでしょ。

 

歯のない人は信用するな。という言葉をむかしよく言われました。

歯がない=身なりを気にせず生活習慣が乱れている=性格がだらしない=金銭にもルーズ

という連想ゲームのような感じです。

 

刺青とかでもそうなんだけど、

あの人刺青してるから怖いヤクザかしら?とか。

本人はただのファッションのつもりでも、周囲がそういう目で見てしまう。

 

私がお水業界にいたころは、化粧しろ、髪は明るくしろなどと言われましたが、

私は薄化粧に黒髪ストレートで押し通しましたね。

そしたら性風俗のスカウトマンによく声をかけられるようになり、なぜ私に声をかけるのか聞くと、

「黒髪は貴重。真面目そうに見えるので業界で人気がある」というのです。

意外な自分の商品価値に気付くwww

 

そういう目で見る人がいるから、自分はこうしよう、

または、

そういう目で見る人もいるけど、自分はこうしよう。

 

どちらでもいいけど、

自分を表現することは自由であるべきよね。

 

最後にひとこと、

学校は、髪の色なんかより、

頭ジラミの流行をどうにかしろ!

 

 

教師の厳しい叱責により

  • 2017.10.21 Saturday
  • 21:11

教師の厳しすぎる叱責により、尊い命が失われました。

お悔やみを申し上げます。

 

私はこのニュースを聞いて、自分の長女のことを思い出しました。

もしや、自殺した中学生は発達障害の疑いがあったのでは?と思っていたら、やはりそのような記述がありました。

 

私の長女も、発達障害なのでは?と疑っています。

 

携帯電話や家の鍵をなくす、かばんをバス停に置き忘れる、間違って他人のかばんを持ち帰る、大事なテストの日を間違える、買い物行って買ったものを忘れて帰る、手先の不器用さ・・・などなど。

こんなことがしょっちゅうで、警察沙汰になったことも二度あり、さすがの私もキレることしばしば。

 

そして長女が高校生のとき、彼女は部活の顧問の先生から非常に厳しい叱責を受けました。

叱責というか、ただ怒鳴り散らしているだけ、という印象でしたが。

 

大部分は忘れてしまいましたが、とにかくボロカスに言われたということは覚えてます。

「みんな迷惑しているから部活をやめろ」

「あなたは人とかかわらないような職にしか就けない」

というような内容だったんですが、人格攻撃が激しいものだったと記憶しています。

 

そのため、長女は「じゃ、やめます」と言って部活やめてきました。

好きで入部した放送部で、周囲からの推薦もあって部長を務めていたのですが、「そこまで言われて続ける気はない」とあっさりしたものでした。

 

当然、私はショックだったので、すぐさま学校へ電話するわけですが、

その顧問の先生は電話に出るなり、

「すみませんでした、まさか本当にやめるとは思わなくて、励ますつもりで・・・」

 

どこが励ましなのかさっぱりです。

将来の進路のことまでボロカスに言われて、指導でも励ましでもなんでもありませんでしたよ。

 

でも、先生を擁護する気はまったくありませんが、

発達障害なのではと疑っていた長女が何かやらかしたのだ、ということは容易に想像できました。

 

部活でのスケジュール管理のできなさがきっかけだったようです。

あ〜と思いましたね。そういうの、できないんです、彼女。

そういう人が部長なんて、そりゃ無理だわと内心思いました。

 

そして、この際はっきりさせよう!と思い立ち、

発達障害支援センターに相談し、小児精神科で検査してもらいました。

ところが、結果は「診断名をつけるほどではない、そういう性格です」

 

またこうも言われました。

「その子と親をみて、診断名をつけるかどうか決めることもある」

 

ボーダーにある場合は、その子の困り度次第で支援が必要かどうか決めるそうです。

確かに、長女本人は困ってないんです・・・困ったことに。

まぁ私自身も、もう彼女の特性を受け入れている頃でしたから、どっちでもいいやという感じでした。

 

そしてそこで心理カウンセラーの先生からこう予言されます。

「こういう子は、入れるからと選んでも(看護科志望でした)、実習でつまづいてやめる子が多い」

 

長女は成績は良かったので、難関大の医学部に合格し、看護師を目指すのですが、

実習が始まり、周囲から厳しく叱責される日々が続き、「やっぱり私おかしいかも、もう一度検査しようと思ってる」と連絡があり、それがいいと私も賛成したのですが、しばらくして、「精神的にもう限界だから大学やめさせて欲しい」とメールしてきたのです。

 

予言通りの結果となりました。

 

私が驚いたのは、私や顧問の先生があれだけキレても、ケロッとした表情で気にもしないタイプの子だったのに、そんな子が「精神的に限界」と言ってきたことでした。

 

もう二十歳の大人になっていたし、本人がそう言うならしょうがないと退学を承諾しました。

逃げたいときに逃げられるっていうことは、良いことだとも思いました。

 

もしあのとき、発達障害であると診断されていたら、また結果は違ったのではないかと思っています。

国立大学では、発達障害者への配慮義務があるので。

まぁ長女は発達障害ではなく単なる性格、という診断だったのですが。

 

そしてもう一例。

昨年、小学生の次女が帰宅するなり「先生が怒鳴ってすごく怖かった」と言ってきたことがありました。

この件についても学校に電話し(他にも用があったので)、「うちの子がすごく怖がってました」と伝えました。

 

次女の友達で、近所の子なのですが、何度も何度も宿題を忘れる子がいます。

何度注意されても宿題をやってきません。

なので先生がついにキレたようです。

普段とても優しい先生なので、よほど腹が立ったのでしょうね。だからといって感情的に怒鳴っていいわけではないですが。

 

その子は宿題だけでなく、友達との約束も守れません。

うちの子も何度も約束をすっぽかされ泣きながら帰ってきたことがあります。なのでその子とは約束をせず、たまたま遊べたら遊ぶというルールを作っています。

 

先生も家庭訪問を何度かしているようですが、まったく改善されません。

私は発達障害の可能性ありなのでは、と気にかけてます。

学校ではすでに問題児として「有名人」だそうです。

中学生になればもっと厳しい先生はいそうだし、心配してます。

 

なんでもかんでも発達障害で片づけようというのではなく、

もしかしたらそういう可能性もあるかもしれない、ということを念頭に置いて指導にあたるべきではないかと考えます。

その前に教師に発達障害についての知識がないとダメなんですけど。

(感情的にキレたり怒鳴り散らしたりは論外)

 

どうか、学校が誰にとっても安全で安心できる場所になりますように、心から祈ります。

保育士は誰にでもできる仕事かもね

  • 2017.10.19 Thursday
  • 14:09

先日から話題になってますが、

「保育士は誰でもできる仕事だから給料が上がらない」説。

 

「保育士は誰でもできる仕事」が事実としても、

「だから給料が上がらない」のは違うと思う。

 

なぜ給料が上がらないかについては、駒崎さんがズバリ書いてる通りだと思います。

保育士は「誰でもできる仕事」か

 

 

以下、くだらん愚痴です(^o^)

 

同じ仕事内容の保育士でも、公立の保育士は給料高いじゃん。公務員だから。

そんなん言ったら、公務員だって、誰でもできる仕事じゃん。

 

なんか、

「保育士は誰でもできる仕事」って言葉に反応する人多すぎと思ったんだけど、

ぶっちゃけ、そこ、どうでもいいです。

 

そんなの人によって違っていいところでしょ。

能力高い人からしてみたら、どんな仕事だって「誰にでもできる仕事」でしょうから。

そんな人に「ためしに一か月保育士やってみろ」と言ったところで、実際やったらそつなくこなしちゃうかもですよ。

 

まぁバカにされたように感じるのはわかりますが。

世間では、保育と育児(誰もがやってきた)を混同してる人は多いだろうし、そこを変えていくのが今後の課題だね。

育児の延長程度の保育士だって実際いるし、でもどんな職場でも個人のレベルには差があるもんでしょ。

 

昔、水商売やってたときも、

「キャバ嬢なんて誰にでもできる仕事」って感じがありましたよ。

中卒の女の子多かったですし、「バカでもできる仕事」みたいな感じで見下す人たくさんいました。

実際、学歴なくても資格なくても、お酒飲めなくても、オッサンとお話できればいいので、保育士よりもはるかに「誰にでもできる仕事」になるんじゃないですかね。やりたいかどうかは別として。

簡単な面接受けて即採用されちゃいますしね。

働いてる人口も、保育士より水商売人のほうが多いんじゃないですか?

 

誰でもできる仕事だけど、

給料とっても高いです!イェーイ♪

頑張り次第でどんどん上がっていきます♪

(仲間内では「我々の時給が高いのは慰謝料込だから」なんて言ってましたが)

客単価高いからね、良い女の子集めるためにも時給は高くなくちゃね。

 

保育士だって、補助金増やして人件費に充てればいいのよ。

こんな頑張ったのに給料これっぽっち・・・そりゃ心折れるわ。

 

 

あとさ、

「子ども好きでないとできない!」ってのも、なんか違うと思う。

大して子供好きじゃなかったけど保育士やってる人もいるから。でも保育士として無能なわけじゃない。

あれだね、良い母が良い保育士になれるわけでもない、良い保育士が良い母になれるわけでもない、ってやつ。

そもそも、それこそ「誰でも子供好きじゃん」と言えちゃう。

 

大体、好きなことを仕事にしてる人って世の中どれだけいるんですかね。

 

で、「子ども好きなだけじゃできない!」ってのは、その通りなんだけど、

それはつまり、子供が好きかどうかに関わらず、別の能力が求められてるってことなのよね。

 

子供が好きかどうかのレベルの話じゃなくて、「保育士の専門性とは?」みたいなことがもっと話題にならなくちゃいかんよね。

 

ホリエモンの以下の発言には激しく同意するわー。

「当たり前のこれまでをなんら改善しようとしないからダメなんだよ。例えば壁の装飾とか本当に必要?とかね。IT化も遅れてるしな」

 

ホントにそう。

働き始めたころから同じこと思ってた。

 

保育園って、やることなすことアナログ、ローテク、時代錯誤なことだらけなんですよ。

最新なのはパソコンだけ。

とにかく非効率的で無駄な仕事の多いこと多いこと。

そして変えようと思っても、上司がイエスと言わなければ、なーーーーんにも変えられないw

(新しい事提案してもすぐ否定から入るから物事進まない)

 

この前、雑巾手縫いさせられましたよ。

そして雑巾足りないから来年度から各家庭に雑巾提出してもらうって。おーーい。

ダイソーで雑巾3枚108円ですよー。

 

タイムカードもないし、シフト作成もパソコン使わず地道に手作業。

とにかく書類仕事は手書きが基本。

ハイスペックなパソコン置いてるのに、宝の持ち腐れ。

 

ってこと書いてたら、てぃ先生がいいこと言ってた。

ちょっと待って。保育士の不満は"給料ではない"。

 

これまた書いてる通りだわ〜。

あ、でも給料も不満ですから。

 

ホント、めちゃくちゃ安いですよ。

常勤、非常勤の時給はすき家のバイトと同じです。

 

非常勤の私ですらたまに持ち帰り仕事ありますからね。

少しでも担任の先生の負担を軽くしてあげたいから、休憩時間も無給で働きます。

 

私はまだ休日に本を読んだりする時間がありますが、正職の先生たちはそんな時間なんてないでしょうね。

そういう状況なので、知識や専門性を高めるなんて二の次になってると思います。

次から次へとくる行事やイベント。日々の業務をこなすのでいっぱいいっぱい。

 

みんなで声をあげて、このような状況を早急に改善すべきだと思います。

相互承認の精神

  • 2017.10.15 Sunday
  • 16:48

先日読んだ雑誌二冊に、偶然、似たような話が載っていました。

いやテーマは違う話なんだけど、結論が同じって感じです。

面白かったので、簡単に紹介します。

 

「地域連携というけれど」(こころの科学5月号)

『家庭と地域社会、さらには学校が、同じ価値観を共有するということ自体が、もはや無理な時代になってきているのかもしれない。むしろ、異なる価値観をもった人たちが、それでもしあわせに共存できる社会のあり方を考えるべきなのでは、と思う。』

 

「道徳ってなに?」(教員養成セミナー10月号)

『本当に重要なのは、相手の価値観や道徳観がどうであろうが、それが人の自由を侵害しない限り「承認し合う」ことである、と。その意味で「相互承認」とは、道徳の一番根っこの本質である以上に、異なるモラルを持った人たちが共存するための「社会ルール」の本質なのです。そのため私は、現代の民主主義社会において必要なのは、特定のモラルを教える「道徳教育」ではなく、異なるモラルを持った人たちが共にルールを作り合う「市民教育」だと考えています。』

 

 

「道徳の本質は相互承認である」というのはヘーゲルの言葉だそうです。

ヘーゲルはまた「徳の騎士」についても述べています。

徳の騎士とは、例えば「不平等は絶対に許されない」などと主張し「徳」に燃える人のことだそうです。

 

あ〜いるいる、そういう人、ある組織にはいっぱいいるんじゃないですか?

 

そのような人は、不平等の元凶とされる人びとに対する攻撃を、かえって正当化し、ひどい暴力にもつながります。

徳の騎士のその心意気は立派なんだけど、「自分こそが正しい」と主張するひどく独善的な人でしかない。

 

ヘーゲルは言います、

道徳とは、そのような独善的な善を主張することでは断じてない。

どのような価値観や感受性や道徳観を持っていようが、それが他者を侵害するのではない限り、まずは承認することである。

この相互承認の精神こそが、道徳の本質である。

 

 

というようなことが書かれており、

大変共感しているところです。

 

私は「徳の騎士」に立ち向かう「元凶とされる人びと」の一人でありますw

どこまでが自己責任?

  • 2017.10.03 Tuesday
  • 18:49

先日書いたんですけど、

「親を選んで生まれてくる」という話。

 

どんなひどい親でも、「あなたが選んだ親でしょ」と言えてしまう冷酷さ。

仮にですよ、仮に百歩ゆずって、そんなひどい親を選んだのが自分だとします。

 

ひどい親だとわかってて選んだんですか?

もしかしたら、最初はそんなことわからずに、なんとなく選んだだけかもしれないじゃないですか。

最初から虐待するために産む親なんてほぼいないと思いますが。

 

とにかくまぁ、生まれる前にまで遡って自己責任で片づけちゃうなんてもう論外なんですけど、

例えば、離婚によってシングルマザーになった人。

どんなに生活苦しくても、「自分で選んだ道でしょ」と自己責任で片づけられちゃいますよね。

 

私も、未婚シングルになって、妊娠中から一人きりで大変な思いをしましたが、

自分で決めた道だからと弱音吐くことなく、家族を頼るでもなく、頑張ってきました。

 

で、今年お盆に実家に帰省したときのことです。

叔母から、「いやぁ〜みきちゃんは一人で子ども育てて大変でしょう?」と言われたので、

何か手助けでもしてくれるのかと思いきや、

「うん、まぁ大変だけどもう慣れたね、出産から一人きりだからね」と返したら、

叔母は一言、

「まぁ自分で選んだ道だからしょうがない」

と冷たく言い放って終わりだったんですよね。

 

どうして冷たく聞こえたかというと、

なぜ未婚で産むことになったのか理由を聞かれたこともなく、

なので私も一度も話したことなく今に至るわけです。

理由も経緯も何も知らないのに、「自分で選んだ道」と決めつけて片づけてしまうのは、

あまりにも冷たく聞こえるわけですよ。

 

他の家族だったらどうするのかはわかりませんが、

例えば私なら、娘がそのような事態になったなら、まず「なぜ?どうして?」

それから「何かできることがあれば手伝うよ、いつでも頼って」となるでしょう。

 

自分で選んだ道だから自分で解決しなよ、って他人に言われたくないです。

自分自身がそう思って頑張るぶんにはいいんだけど、

この言葉って、安易に他人に言うべき言葉じゃないなと思いました。

 

なので叔母にも、

「それは一番言っちゃいけない言葉だよ」と言い返してしまいました。

叔母はきょとんとしてました。

「母子家庭の人はね、言われなくてもそう思ってるから誰にも頼ることができずに無理しちゃうんだよ」

 

一般論的に言ってしまいましたが、そのまんま、私自身のことなんですよね。

 

私の例ですが、

1.ある男性とお付き合いしました

2.妊娠しました

3.堕胎してほしいと言われました

4.別れました

5.一人で出産しました

 

3以外は確かに自分の判断が入って決めたことですね。

この人と付き合おう、この人の子供を産もう、この人と別れよう、一人で産もう。

 

そして3のような事態になったのは、1でそのような男性を選んだ私に責任があるということでしょうか?

DV被害にあう人もすべて自己責任で、そのような相手を選んだのが悪かったのでしょうか。

 

どこまでが自己責任なのか?

 

交通事故にあったのは、そんな道路を通ってしまった自分が悪かったんですかね。

不倫するしないは完全にリスク予測可能で選択できることなので、家庭崩壊してもそれは自己責任と言えるかもしれませんね。

 

あの時ああすればよかった、こうすればよかったと思うことはいくらでもあります。

でも私自身は、今がとても幸せなので、特に後悔するようなことはありません。

みんながみんな、常に正しい判断をし、正しい選択をし続け、人生うまくいけばいいですよね。

でもそんな人ってどれだけいるの?

そもそも正しい選択ってなんなの?

 

「あなたが選択を間違った」と言うのはたやすいです。

でも、大事なのは、これから先の未来なわけですから、

じゃあこれからどうするのか、

どうしてあげることがあなたのためになるのか、

そういう視点をもって言葉かけをしなければ、と思いました。

幼稚園の制服

  • 2017.09.30 Saturday
  • 19:11

夏前くらいに、びっくりする話を聞きました。

 

うちの子の通う幼稚園は、認定こども園です。

1号認定児は制服、2・3号認定児は私服でOK。

 

2・3号認定児は保育園と同じで、保育の必要な世帯であるため、

制服の強制はできないという理由らしいです。

うちは2号認定なので、高い制服なんて買いませんでした。

 

そしたらまぁ、四月の集合写真では、

制服着ていないのはうちの子だけwww

(他のクラスはわかんないけど)

 

目立っててラッキーと思いました。

子供本人も特に気にしてないので、私も笑い話程度に思ってました。

 

そしたら、

ある保護者から、

「どうしてみんな一緒に制服着ないんですか?」

とクレームらしきものがきたそうで・・・。

 

え?

は?

 

まぁ、それで園から制服着ろとかいう話にはなっていないので別にいいんですけど、

そんなことわざわざ言ってくる人いるんだーとびっくりしました。

 

幼稚園で同じ制服着ることにどんな意味が?

帰属意識?

規範意識?

統一感?

仲良しアピール?

 

 

イベントでお揃いのクラスTシャツを作りたがるママグループがいるそうで、

そういう連中に巻き込まれて、みんなおそろいTシャツ着てきたのだけど、

普段仕事のため幼稚園に来れない数人のママたちには知らされず、除け者にされていたそう。

 

イベントに参加してみたら、周りはみんなおそろいTシャツで、え?ってなったらしい。

仲間はずれみたいで気の毒だったと聞きましたが、

そんなのやりたい人がやればいいだけなので、

仲間外れにされたと気にすることでもないし、

気の毒だったと思うことでもないはずです。

 

だけど、みんな一緒じゃなきゃ、なんだか落ち着かない・・・。

みんな一緒であるべき・・・。

 

そんな雰囲気が支配的ですよね。

もう宗教です。

 

みんな一緒教なんですよ。

 

みんなと一緒に、

みんなと同じように、

それで楽しい人はそれでいいですけど。

(みんな一緒の安心感・連帯感は理解できますけども)

 

 

苦い思い出があります。

長女が幼稚園のとき、制服を嫌がったので、私も別にいいやと思って私服で登園しました。

先生たちはとても理解あって、別に制服でなくてもいいとなったので良かったのですが、

集合写真のときは、園の上着を無理やり着せられ、長女は半べそで写ってましたね。

 

「みんな一緒にきちんとした服を着るべき場だから」でしょうね。

 

今回、長男の入園式の集合写真でうちの子だけ私服のまま撮ってくれて、

今の幼稚園の対応は良かったなぁとありがたく思います。

(って、もしかしたら嫌がらせだったかもしれんけどw)

 

そういえば、

この前どこかで読んだのだけど(忘れちゃった)、

外国人のママさんが、入学式で子供に普段着を着せてしまったという話。

 

確かに、入学式でこれを着なくてはいけないという決まりはなく、

別になんでもいいんだけれども、

暗黙の了解として、そのような場ではフォーマルな服を着るものだと日本人なら誰でも思ってるわけです。

でも海外では必ずしもそうではないんですね。

 

〜式と名のつくものは、それなりの服装で、となりますよね。

雰囲気を壊さないとか、礼儀だとか、マナーだとか、伝統だの文化だの、いろいろあるのはわかる。

さすがの私も入学式は普段着では行かなかったですよ。

 

制服とか、そんなものは幼児のうちから押し付ける必要性ないと考えますね。

保育園では制服ないけれど、その子たちはちゃんと育ってますよね。

制服あってもなくても影響ないですよ。

都合の良い考え方

  • 2017.09.28 Thursday
  • 15:28

先日、給食の無理強いについて書いたばかりですが、こんな事件が起きてしまいとても残念。

 

『給食の完食指導で5人が嘔吐 小学校教諭を厳重注意』

 

教委は「配慮に欠けた指導」と言ってますが、

指導っていうか、もうこれ立派な傷害じゃん。

 

人は、本当に都合の良い言葉を使うもんだと思います。

 

傷害 → 指導

虐待 → しつけ

 

でもまぁ、他人に実害がないぶんには、何をどう都合よく思おうがいいわけです。

だけど「都合の良い思考癖」というのは本当に厄介なものだな、とも感じます。

 

昔、キャバ勤めをしていた頃、あるキャバ嬢に運命を感じてしまったオッサンがいました。

そのオッサンが若いころ大恋愛をした相手と、そのキャバ嬢の誕生日が一緒だったそうです。

それで、オッサンはそのキャバ嬢を「運命の相手だ」と感じたそうです。

 

その話を聞いて、私は、

「え〜すご〜い、私もその子と誕生日同じなんですよ」と言いました。(本当に同じ)

オッサン「え、そうなんだ!」と言って終わり。

 

なんだよ、私には運命感じないのかよ。

都合良すぎだろ、オッサン。

 

その後オッサンは色恋営業で金を巻き上げられ、

陰でバカにされるただの常連客になるわけです。

 

そんな風に、物事を都合よく解釈し意味付けしてしまうってことは本当によくありますよね。

また別の例ですが、都合良くというか「悪く」思い込んでしまった例です。

 

私の友人のバイト先のそば屋に、常連客のおばさんがいました。

彼女の夫は刑務官で、死刑執行人のひとりでした。

三人の子供がいますが、全員、病気や事故で障害者になったそうです。

彼女は、「人殺し(死刑)をしたから、子供たちが障害者になった」と思いこんでいました。

 

 

そして、この前からツイッターでよく見かけるようになった「子どもは親を選ばないで生まれてくる」ってやつ。

 

「子供は親を選んで生まれてくる」って話は確かによく聞きますよね。

「家族大好き、この親選んで良かった♪」と幸せ家族だけで完結してれば別にそれでいいと思うわけです。

 

そんなん本気で信じてるのは、江原啓之一家だけかと思ってたら、

どうやらそうではないようで。

 

虐待されてる子は、「こんな親選んでくるわけないだろ!」となるだろうし、

「自分が選んだのが悪い」と自分を責めてる子供がいたら気の毒過ぎます。

そういう人に対して「あなたが選んだ親でしょ」という考えを押し付けるようなことになると、

美しいお話も途端に残酷物語になるわけですよ。

 

だから、「子供は親を選ばないで生まれてくる」という絵本を作る企画があると知り、それいいね!と思うわけです。

ただ、同時に、「親に苦しめられている子どもたちが、親を選んで来ているはずがない」ということも言えるはずがない、と私は考えています。

 

「親を選んで生まれてきた」

「親を選ばず生まれてきた」

どちらの考え方も、

結局のところ、

あの世いかなきゃわかんねーだろ!話に過ぎないからです。

 

自分に都合の良いほうを選べばよい。

 

こちらの考え方で苦しんでる人がいたら、

あちらの考え方を教えてあげる、というだけのことだ、

ということは頭に入れておこうと思います。

 

事実や真実がどうあれ、

その考え方がその人の生き方にどう影響するか、ってことが重要なわけで。

 

人は、

単なる偶然の出来事に過ぎないことを、

都合良く解釈し意味付けする。

 

 

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給食の無理強いは強要罪

  • 2017.09.20 Wednesday
  • 17:50

以前、『居残り給食は体罰か?』という話を書きました。

今回は、「教員養成セミナー10月号」という雑誌に給食指導についてズバリ書かれていたので紹介します。

 

要点をまとめると、以下のようになります。

 

★給食の無理強いは強要罪、腹痛を起こしたら傷害罪

★強要罪、傷害罪は、刑法上だけでなく、地方公務員法違反でもある

★公務員は刑事事件で起訴されたら休職となる場合がある

 

だそうで、けっこう厳しく書かれてますね。

 

『飢餓に苦しんでる子供のことも考えて、絶対に残さないよう厳しく指導していきます』

というのはNG例。

(残さず食べたからって飢餓がなくなるわけでもないのにね)

 

どの程度が「給食の無理強い」になるんでしょうか?

居残り給食も、どの程度まで?

 

小学生ともなると、言葉で「もう食べられない」とか「どうしてもこれは苦手」と主張することも可能ですが、幼児となるとそうもいきません。

居残り給食なんて日常茶飯事、けっこうな無理強いもしてますね。

そもそも食事の時間が短いのでは?と私は思ってます。

 

口の中に食べ物をためこみ、飲み込むまでずーっと座らせられて、飲み込めと言われても結局吐き出し叱られる…。そうなるのは大体決まった子。偏食なのか、少食なのか、気分が悪いのか、それとも心理的な問題を抱えているのか、そんな要因について考えるでもなく、そんな指導の仕方に何の疑問もなく、とにかく完食させることを第一に考えてしまっているわけです。

 

だけど先生たちは嫌いな物残してます。何らかの理由で食べられないときも普通に残します。

幼児期からどんな指導されようが、結局は大人になっても人は好きなように食べるのだな、という実例を間近で見ております。

(さすがに小中ともなると児童の手前、先生は残さないんでしょうけど)

 

すべての指導は、子供の人権を尊重したうえでなさねばなりません。私も含めてですけど、現場の先生たちは動物を調教しているのとはわけが違うのだということを肝に銘じて指導にあたらねばなりません。

 

最後に、

児童精神科医の佐々木正美先生の言葉も紹介しておきますね。

 

『子育てには一生懸命やってはいけないことがあります。偏食を直そうと、お母さんが頑張りすぎると子供はたくさんのものを失います。嫌いなものを食べなくても、楽しく食事をしていればたくさんのものが心の栄養になっていきます。』

 

差額ゼロの謎

  • 2017.09.15 Friday
  • 09:47

以前から少し疑問に思っていたことがあります。

毎年行われるPTA歓迎会の会計報告が、毎年「収入と支出の差額ゼロ」なんです。

 

参加人数は毎年違うし、

どうやって毎年差額ゼロになるようにしてるんですかね?

 

何か私の知らない決まりとかがあるんでしょうか?

必ずゼロにしなければならない理由があるとしたら、それはなぜ??

ちょっとわからないので、事情がわかる方いらしたら教えてください。

 

↑環境によっては読めない画像かもしれません、すみません。

 

JUGEMテーマ:PTA役員・委員会

幼稚園の父母の会

  • 2017.09.13 Wednesday
  • 23:13

幼稚園にもPTAはありますよね。

うちの子の通う幼稚園では父母の会と呼んでいて、先生は会員ではなさそうですが、私立幼稚園PTA連合会とやらに加入しています。もちろん上納金払ってますよ。

 

この幼稚園は認定こども園になったので、それまでは専業主婦が多かったんですけど、現在は専業主婦とワーキングママの比率は半々程度になったそうです。

 

で、夏前にバザーをやったんですけど、専業主婦組と働くママ組の間でちょっとした軋轢が生じてしまったんですよね。

私自身も、両者の温度差には以前から気付いていたんですけど、あまり幼稚園のママさんとも話をしないので、具体的に何があったかは知りませんでした。

 

後になってごちゃごちゃと知るわけですけど、

PTAで嫌な目にあったことある人は大体想像つくでしょ。

まぁとにかく小学校のPTAと問題の根っこは同じなんですよ。

 

専業主婦組が当然しきるわけですよ、

働くママ組はいきなり「明日集合」とか言われて参加できるわけないんだけど、

そういう内容のLINEメールが次々とくるわけ。

そのたびに「参加できません、すみません」とペコペコ謝らないといけないの。

 

私は絶対謝らなかったけど。

仕事で参加できないの、普通だし。

 

仕事から帰宅して、バタバタと夕食、風呂、寝かしつけとかして、

スマホみたら未読メールが大量に・・・・。読むのも一苦労。しかもほとんどは無意味な内容。

 

グループLINEって便利だけど、使い方考えたほうがいいよね。

大事な連絡したら、「返信不要」って言ってあげないと、

おヒマな人たちが次々と「了解しました!」「ありがとうございます!」などと可愛いスタンプとともに返信しちゃうから、そんなやりとりで埋もれちゃうのよ・・・。げっそり。

 

悪くはないんですよ、挨拶や返事って大事ですもんね。

けど、ランチ会のようなノリじゃなくてさ、

バザーというプロジェクトを成功させるための業務連絡用なのだから、

もうちょい効率とか考えたほうがよくないですかね。

 

私は既読がつけばそれでいいだろと思って放置してたんだけど、

たぶん「この人ちゃんとわかってるのかな」と思われたんだろうね、

個別にメールきて「読まれましたか?」とか聞かれwww

 

時々、それ二者間でやりとりする内容じゃない?ってのもあるし。

 

そして何より不愉快なのは、

参加して当たり前的な態度をとられること。

それにムカついている人が何人かいましたね。

私は、仕事あるんだから急に出られるわけねーだろ的な態度をとりましたw

 

中には、土日お仕事のママさんもいて、

バザー当日も前日準備も出られない人がいたんですけど、

当日か前日かどちらかには必ず全員参加する決まりになっていて、

その方は結局お仕事を休まれて前日準備にだけ参加されました。

 

自分も我が子も楽しむことはないバザーのために、

バザーやりたいって一部の人のために、

わざわざ仕事を休んで、

本当にボランティアですよね・・・涙。

↑すっごく愚痴っておられました。

 

さぁ、こうして何十人もの人たちが、

何日も何日も時間を費やし、

無給で働いた結果、

11万円の利益でした!!

(昨年度はね)

 

もう一回言いますよ、

11万円の利益!

 

は?

一家庭千円も出せば集まる金額じゃない?

ていうか、上部組織への上納金と、ほぼ読まれない新聞代でそれくらいの金額なんだよね。

 

費やした時間と労働力に利益が見合ってないっていうんですか?

コスパとか費用対効果とかいろんな言葉が出てくるけど、

なんてツッコミ入れたらいいですかね?状態。

 

結果なんてどうでもいいんでしょうね、

みんなが過程を楽しんでいれば・・・。

全員は楽しんでないんだけどさ。

 

人間関係にヒビが入っただけ。

仕事休んだ人は損失を被っただけ。

 

いいかげんもうバザーとかやめたらいいと思う。

制服やおもちゃのリサイクル市とかだけやったらいいんじゃないかな。

 

バザーの良いところは、

趣味の悪いハンドメイド品でもなぜか売れてしまうこと。

 

JUGEMテーマ:PTA役員・委員会

お久しぶりです

  • 2017.07.17 Monday
  • 23:13

たまには何か記事を…と思いながら何も書けない日々が続き、とうとうトップに広告が表示されていましたwww

 

幼稚園の父母の会のことや、保育園でのことや幼稚園での子供のこと、私が歯医者を変えた理由とか、元夫から逃れてきたママ友をかくまった話とか、メルカリで出くわした不思議な人たちの話とか、あれこれ書きたいんですよねー。

 

というわけで、本当にめちゃくちゃ忙しいんですけど、ちょこちょこ書いていきたいと思います。(思ってることは確か)

熊本PTA裁判は「和解」で決着

  • 2017.02.19 Sunday
  • 13:11

熊本PTA裁判は和解となりました。

熊本PTA裁判★福岡高裁の結果は【和解】となりました!

和解に至るまでの経緯はいずれ詳しく原告の岡本さんが書かれるでしょう。

 

和解の話が出てからは、和解派と判決派で意見が分かれましたが、

私は最初から一貫して和解派でした。

 

判決となると十中八九負けるだろうということは多くの人が認めるところでしたが、

あの和解案での単なる努力規定だけでは意味がない、負けてもいいから判決を、内容ではすでに勝っている、

という意見も確かにすごく納得のいくものだったのですが、私は思いました。

 

信者たちは、勝ったか負けたかだけを見る。

その内容なんて知ろうともしないし、理解もしない。

 

私自身は裁判官を相手にしてるわけではなく

リアルでは、昨日書いたような教祖おばさんみたいな人たちを相手にしてるわけです。

ああいう人には何を言っても「結局裁判負けたんでしょ」で終わってしまうだろうなと。

 

それよりは、

「裁判所から、PTAは任意の団体であるので、承諾もなしに入会させたり、退会を妨げることがないよう努めなさいって言われたんですよ」って説明したほうがはるかに良いように感じました。

私にとっては、あの和解案はそこまで意味のないものとは思えず、それなりに価値あるものと思えたのです。

 

でも判決派の意見が優勢でしたし(説得力あった)、岡本さん自身も判決を望んでいたので、

私はいかなる選択をしようとも岡本さんを支持すると伝えました。

岡本さんの裁判ですからね。最終的には岡本さんが決めることだ、と。

私から見ると、いろいろな方の意見にふりまわされてる感がありましたしね。

 

とにかく、みなさんお疲れ様でした。

 

 

昨日、私はバカだのマトモだのという話を書きましたが、

ツイッターに私以上にはっきりとバカについて語っておられる方がおりました。

非常に面白いな、と。

あはは。

そうだよねー。

バカが運営してるのでどうしようもない組織になってるんですわ。

そう、外から変えるなんて無理、ていうか外の人間がすることじゃない。マトモな運営者さんが改革したらよい。

 

どこぞのPTA会長さんのようですね。

この方が「PTAは絶対必要」とおっしゃることは特に否定はしませんし(私はそこまで思わないけど)、

素晴らしいですよね、子供たちのために頑張ってくださいと思います。

 

マトモな組織になっても私は入会しない。それだけ。

 

JUGEMテーマ:PTA役員・委員会

PTA信者と議論する気はないです。

  • 2017.02.18 Saturday
  • 21:34

最近続けてテレビでPTAの話題を放送したおかげで、あちこちで議論が巻き起こっているみたいですね。

ツイッターでの#PTAやめたの私だのタグが流行った影響ですかね。

 

まず、とくダネ!でPTAは任意だという話題をやったため、

私のブログアクセス数が一気に増えました。

私の以前の記事【とくダネ!】PTA役員決め近畿大教授のコメント【残念ダネ!】

これがヒットしたんでしょうね。

なんかコメントもついてるし。

 

さて、私はPTA信者の方々と議論する気はまったくありません。不毛だからね。

まず、私は反PTAではなく、非PTAなだけです。

 

実害がないぶんにはもうどうでもいいですけど、降りかかる火の粉は払います。

そのためにもこうやってたまにブログで書いたり、ツイッターでつぶやいたりして自分なりに考えをまとめておこっかなって程度なんです。

PTA信者と一生懸命議論してる方とか見るととても勉強になるし、すごいなぁと感心します。名言はすぐスクショします。(どこかで使おうと思ってw)

 

で、なんかすごい信者見かけたのだけど、信者じゃなくもう教祖だね。
どこが納得行かないのかわからない

わからないならそれでもいいけど、もうちょっと勉強でも下調べでもしてから発言すればこんな無知をさらすような恥ずかしい内容にはならないと思うんだけど、まぁブログだって独り言みたいなもんだからねぇ〜。

 

私もまた同じこと言っちゃうけど、

どうして信者ってこうも同じ例えを言うんですかね。

給食費払ってないのに云々とかね。

この例えのおかしさについては以前書きました。

正直、「感情の問題」は聞き飽きました。

 

そして、義務と権利についても以前ちらりと書きました。

PTAを退会するとよく言われるセリフ

 

義務と権利の話するんなら、

PTAって義務じゃないからねぇ、入会しない権利もちゃんとあるからねぇ、

勝手に入会させるとか、思いっきり他人の権利侵害してるってことを話題にして欲しいわ〜。

『いちいち説明する事も無く 入学=入会で』それダメなんですよー。

 

PTAからの恩恵w

子供は会員じゃないって事は解ってないの?バカなの??(教祖様風に)

子供は全員、非会員ですけどーーーー。

 

『結局は「やりたくない」の言い訳だと言う事がとてもよく分かる訳で』

やりたくないならやらなくていいんですもん。

理由とかは何でもいいですし、他人に説明する必要性もないし。

 

やらなくてもいいものに対して、「やりたくない言い訳」ってさ、

なんだかあれだね、

「頭痛が痛い」とか「海底の底」みたいなおもしろおかしさがあるよねぇ。

 

でさ、最近のこのブログのコメント読んでもわかるんだけど、

「PTAはやらなくてもいいもの」ってことがどうも理解できてない人だらけなんだよねぇ。

 

これをさぁ、「考えの違い」とか「自分たちが正しいと思い込んでるマトモじゃない人だから」で片づけようとしてるけど、

そういう問題じゃないんだよね。

価値観の違いでもなく、互いに正しいと思ってる人たちの意見、とかじゃなくってさ、

事実なのよ。

 

この日本という法治国家では、PTAという社会教育関係団体はですね、当然任意であって、全ての児童を支援対象とした公共性のある活動をする団体であるわけです。

 

よってですね、我が国の法の下では、

「PTAはやりたくなければやらなくてよく、会員の子供のためだけに活動することはゆるされない」

ということは事実であり、法的に正しいことなのです。

 

でも、理解できない人いますよね?どんなに繰り返し説明したって理解できない。そういう方を私は信者と呼びます。

 

身近にこういう人いませんか?

「あ〜あの人はB型だからね」

血液型性格診断をやたら信じてる人。

私の周りにはいっぱいいます。

でも、いちいち「それってどんな科学的根拠があるんですか?非科学的ですよね」と議論したりしません。

「でも当たってるのよ〜」と言われても面倒くさいし。

 

科学的に正しいとか、法的に正しいとか、そういうことは一切苦手な人たちがたくさんいるのも事実です。

 

価値観の違いとか、マトモだマトモじゃないとかいう問題ではなく、

なんていうか、思考パターンとか、認知機能の問題なんですよ。

パソコンでいったらスペックの違いですかね。処理できないんですよ。

動画編集とかサクサクできないんですよ。

 

教祖様のお言葉でいえば、「バカ」ってことですかね。

見下して言ってるわけじゃないですよ。

人間なんだから、能力に差があるのは当たり前だし、私もバカなんですから。

 

 

わたし、熊本のPTA裁判の支援に関わって思ったんですけど、

裁判とかに関わってくる人たちって、すごく知的レベルが高くて、知識も語彙も豊富で、

判断力もあって、理解力もあって、言うことには論理性があって、

あ〜議論とはこういうものかと感じることが多かったです。

 

でも、私がこれまで議論してきた相手はそういう人たちじゃありませんでした。

教祖様のブログとそのコメント読んで、議論できる人たちだって思いますか?

PTA問題に関わると、ああいう人たちを相手にすることになるんですよ。

 

だからもう信者とは議論しないし、改革しようとも思わない。

どれだけ楽しく素晴らしいPTAになろうが、入会はしない。

 

私は非会員として日々平和に過ごしたいと考えています。

 

 

JUGEMテーマ:PTA役員・委員会

あけましておめでとうございます。

  • 2017.01.08 Sunday
  • 10:59

遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。

気付けば年が明けてた…という感じです。季節のイベントにあまり関心がないので、なんかこれといって特にめでたい気分にもならないんですけど、まぁ今年も元気にやっていこう!です。

 

去年からずっともやもやしてることがありまして、それをすっきり記事にまとめたいんですけど、なんかうまくいかないです。

忙しいってこともあるんですけど。

親子関係・家族関係についてね、言いたいことあります。

 

まとまらないんで、とりあえず、ばぁーーーって簡単にぶちまけちゃいます!

 

正月って家族集まるでしょ、一般的には。

うちはそういうことないんで、なんでかなーーーみたいな。

はっきり言って、うち、家族バラバラなんでw

精神的にバラバラ。

めちゃくちゃバラバラ。

家族仲良く、とかそういうのにこだわってないんで。

でも何人かこだわってるやつがいて、巻き込まれて非常にウザ!みたいなことあったり。

 

よし、これくらいにしておこう。

では、今年もよろしくお願いします。

非会員なのに、バザー委員になっていました

  • 2016.10.17 Monday
  • 00:01

秋は行事が多くて大変ですね。

夏からかなり多忙でここの更新もとまってました(^_^;)

 

さて、PTAバザーの季節になりました。

先日、PTA事業部の役員ママさんから突然電話がありました。

 

面識なく知らない電話番号の人なのに、いきなりケンカ腰でしたよ。

「事業部の○○ですけど、バザー委員ですよね!?」

 

え????

私は瞬時に悟るわけです、あ〜知らないうちに私はバザー委員にされていて、これまでの会合に一度も出ていないもんだから、役員さんは怒ってるわけだぁ〜〜。

 

おい、せめて最初に「岩元さんですか?」くらい言いなよ。

 

アホか。

何かふざけたこと言ってみろ。倍返し程度じゃすまないからな。

と臨戦態勢にはいったものの、とりあえず冷静に、

「違いますよ、何かの間違いだと思います」

と答えると、相手側は

「え?ちょっと確認します」

と言って電話をいったん切りました。

 

そしてしばらくするとまた電話がきた。今度はさっきとは全然違う声色でびっくりした〜。

「すみませ〜ん、なんか手違いでぇ、私のほうの名簿には岩元さんのお名前が書いてあったんですけどぉ、間違いだったことが私のほうには伝わっていなくてぇ〜」

 

だそうな。

どういうことなんでしょうねぇ〜。

 

春先にも、クラス委員長さんから、

「岩元さんはすべて免除ということでいいんですよね?」

というような確認の電話があった。

 

免除じゃなくて非会員だから関係ないだけなんだけどな、と思ったけど、

面倒くさかったので「あ〜はいはい」って言っちゃったのよね。

 

私は非会員じゃなくて、『すべての役を免除されている会員』という扱いになってるようだ。

どんだけ任意加入なのを隠したいのよ、あんたら。

 

で、彼女たちがなぜ私の携帯電話の番号を知っているのかというと、

学校が配布したクラス連絡網を利用しているからです!!

 

これは大問題ですよ。

このようなことに利用されているため、私はもう来年度からは連絡網に番号は載せないことにしました。

 

 

JUGEMテーマ:PTA役員・委員会

雷注意報発令中の水泳授業

  • 2016.07.08 Friday
  • 15:06

一昨年、雷注意報発令中の屋外授業という記事を書きました。

「雷注意報 プール」という検索ワードでこのブログにたどり着く方が最近少し多くて、気になってる人いるんだなぁと思いました。

 

あれからですね、すごく改善されていて、今のうちの子の担任の先生は、朝一番に「今日は雷注意報が出ているのでプールは中止です」と言うそうです。

先生個人の判断なのか、学校の判断なのかは知りませんが、こういう先生だと、安心です。

 

ところが先日、たまたま音楽教室での保護者会で、他校のお母さんが「今日、水泳参観があったのよ、雨降りの中。途中、雷もゴロゴロ鳴りだして。こんな日に参観があるなんてびっくりした〜」と私に言われたんです。

 

私はそのちょっとのんきな発言にびっくりしたよ。

そこ、学校に対して怒るところですから!

 

その日の朝はひどい雷で、今日もなのですが、鹿児島は土砂降りが続いていました。

でも午前中は比較的天気が落ち着いて雨も止んだんですよね。だからって、水泳参観って・・・考えられないね。

 

次の日、すぐ教育委員会へ確認しました。

「一昨年も同じ内容でお話したんですけど・・・」と。

教育委員会が言うには、水泳学習の始まる前にきちんと研修をしているそうです。

そして、学校へ事実確認し、事実であるならば注意する、とのことでした。

 

水場での落雷で怖いのは、感電よりも溺死なんだそうです。

雷が直撃しなくても、水場に落ちれば一瞬で電気は流れ、体がしびれて溺れるんだそうです。

海やプールなどは被害甚大になる可能性があるわけです。

屋内のプールであっても、危険性があるのだとか。

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

なぜ私がここまで雷を怖がっているかと言うと、

まだ私が生まれる前のことではありますが、実家のすぐ目の前の松の木に雷が落ちたからです。

 

雷って落ちるんですよ。(みんなわかってるだろうけど)

 

真っ二つに割れた松の木を、おばあちゃんが拝んでいたのを覚えています。

「この松の木のおかげで家に雷が落ちずにすんだのだ」と。

 

落雷事故は滅多にないことかもしれません。

交通事故のほうがはるかに多いのだろうとは思います。

でも、多い少ないの問題ではなく、防げる事故は防ぎましょうってことです。

 

PTA会費を勝手に引き落とされました。

  • 2016.06.29 Wednesday
  • 09:58

二度目です、PTA会費を勝手に引き落とされたのは。

4月分、引き落とされていました。

 

おい、小銭ドロボー!

 

今年度は、「今年もPTAに入会されませんよね?」という確認の電話が事務からなかったので、ちょっと心配になり、家庭訪問の際に担任の先生に「私、PTA非会員なんですけど、もうわかってるから確認電話がなかったんですよね?」と聞きました。

先生は「はい、一応確認しておきましょうか」とおっしゃったのですが、時すでに遅しだったようです。

 

事務のお姉さんが引き落とし手続きをしてしまっていたらしいです。

鹿児島銀行のK−NETというサービスが自動引き落としによる代金回収業務をしてるわけなんですけど、そこへ電話して聞いてみましたが、「引き落とされる代金の内容については把握していない」ということで、学校から指示された金額を引き落とすのみのようです。

 

で、例のごとく、うちのM小学校では、PTA会費も校納金として給食費や教材費などと一緒に集金されています。

だからこういう泥棒事件が起きてしまうわけです。

 

人間がやることですから、ミスはあると思います。

でも、二度目の同じミスとなると、学習能力なさすぎなダメ組織っぷりがもう笑えない感じです。

 

一度目のミスのときに、事務の方は「もうこのようなことは二度とありません」と言いました。

確かに、そう言った事務の人は同じミスをしませんでした。

ところが、事務の人が変わったとたん、同じミスが起きました。

組織としては、二度目のミスを犯したわけです。

 

私はPTAに責任があると思います。

例えば、水道料金が間違って多く引き落とされた場合、水道局に責任があり、組織として謝罪し、同じ過ちを繰り返さないよう組織内で対策をたてますよね。(実際にそういうことがあるかは知りませんよ、例えです)

 

ところがこのPTAの場合、責任はあくまで事務のお姉さん個人であるという認識です。

記帳して金額の違いに気付いた私が学校の事務に電話します、事務のお姉さんが電話口でこう謝ります。

「すみません、こちらから電話しようと思っていたんですが・・・」

 

このお姉さん、間違いにいつ気付いたんでしょうね。

家庭訪問のすぐ後、先生が確認されたのなら、引き落とされる前に気付いたはずなのですが。

一度目のときは、引き落とされる前に謝罪電話がありました。

気付いた時点ですぐ連絡すべきだと思います。

 

事務の引継ぎがきちんとなされていなかったとのことですが、それって事務の人たちだけが悪いの?

どうしてPTAは同じ過ちを二度も繰り返したの?

そもそもこういう過ちがあったことをPTA会長は知ってるのか?(知らなさそう)

 

そして、私が自分の意思で会費を納めたわけでないことを証明するためにも、謝罪は文書でいただきました。

責任はPTAではなく、事務のお姉さん一人にあるかのような書き方ですね。

それって、おかしくないですか?

お金返せばいいでしょ、という問題ではないんですよ。

それに、PTA会費は校納金じゃないでしょ。

 

そういえば、うちの子の幼稚園は、今年度から、父母の会会費と保育料は別々に集金することになりました。

どういう経緯でそうなったのかはわかりませんが、正しいあり方です。ただ、父母の会は自動入会ですけどね。

 

 

JUGEMテーマ:PTA役員・委員会

居残り給食は体罰か?

  • 2016.06.22 Wednesday
  • 10:52

先日、うちの2歳児が幼稚園で一時間以上も居残り給食をさせられた。

これはもう体罰なのでは・・・?

調べると、居残り給食についての相談はけっこう多く、体罰なのでは?と感じる人も多い。

 

弁護士ドットコムによせられた相談に対して、以下のように述べられている。

 

「給食を食べない児童に対して、たとえば無理矢理口に押し込むとか、はき出した物を食べさせるといった指導は、体罰と評価されるでしょう」と指摘する。

 

「指導の対象となっているのは、心身が未発達の小学生です。さらに、学校給食は完食することを前提に栄養を考えられています。

また、完食するまで給食が終わっていないと解釈して、児童をその場に残すという手法自体は、場所的・時間的にも、態様としても、著しく不当とはいえません」

 

また、体罰については、

 

文科省の考え方によれば、体罰とは『当該児童生徒の年齢、健康、心身の発達状況、当該行為が行われた場所的及び時間的環境、懲戒の態様等の諸条件を総合的に考え、個々の事案ごとに判断する』とされています。

つまり、体罰か否かの明確な線引きはなく、ここであげたような事情を考慮しながら、ケースバイケースで判断せざるを得ないことになります。

 

と説明されています。

そして、結論としては、

 

体罰ではないからと言って、これが適切な指導かと言われれば、答えは『ノー』だと思います。

好き嫌いは学校教育だけで解決するものではなく家庭での食育との連携が必要です。また、嫌いなものを無理矢理食べさせたとしても、ますます嫌悪感が強くなるだけでむしろ悪影響です。

『好き嫌いをなくす』という目的と指導方法(手段)がマッチしておらず、指導として不適切でしょう。

 

とのことです。

私もまったく同感です。

で、うちの子のケースの場合、

2歳という年齢、2時間近くも、昼寝の時間を削って、ということを考えるともう体罰の域になると個人的には思いますね。

 

ただ、先生が、罰という認識など全くなく、うちの子のために良かれと思ってしたことだとは思います。

基本的には先生を信頼しているので、この件についてお話する際も、苦情としてではなく、要望としてお願いしました。

「居残りさせる時間が長すぎると思うので、今後はしないで欲しい。食事は楽しいものだと感じて欲しい」と。

 

先生の言い分は、

「いつも完食するので、時間をかければ完食してくれるのではないかと思った」

というものでした。

 

結局うちの子はおかずを残すのだけれど、いつもは完食する子が残す場合は、まず体調悪いのかな?と保育士なら誰でも考えるのではないかと思う。考えるべきというか。

私の勤める園でも、そういうことが何度かあった。

今日はいつもより食べないな、と思っていたら熱があった、とかね。

 

そして、その日うちの子も帰宅してから熱が出た。

今思えば、給食のときから体調が悪かったのかもしれない。

確かにうちの子は好き嫌いがあるし、食わず嫌いでもあるので、食べさせるのには苦労する。

だから先生も、またうちの子の単なるわがままと考えたのだろう。

 

とにかく、体調が悪いかどうかに関係なく、

居残り給食も、やり過ぎると体罰になる

と私は考えます。

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

私が子供のころは、居残り給食など当たり前のようにあった。

昼休み中、泣きそうになりながら食べていたクラスメートの姿を思い出す。

 

私自身、中学生のころ、給食を食べきれず辛かった。

先生が、クラス全員食べ終わるまでごちそうさまをせず着席させたままだったので、

少食の私はクラス全員に迷惑をかけることになった。

先生からは、「はしを動かしているだけで全然食べていない」などと馬鹿にしたように注意されたり、

給食は肉体的にも精神的にも非常に苦痛なものだった。

 

昭和世代は、似たような経験をした人はごろごろいるだろう。

けれども、現在では、もはやそのような指導はしない。

今や「給食は残しても良い」時代になったのだ。というか、残らないよう食べきらない人には少なく盛るとか、どうしても苦手なものは一口だけ頑張るとか、そういった指導がされているようだ。

 

今回、幼稚園の先生とお話して感じたのは、

もしかしたら昭和世代の先生は、「居残り給食など普通」という感覚でいるのではないか、ということだ。

それに、ベテランの先生に対しては、若い先生は意見しにくい雰囲気があるのではないかと感じた。

 

2歳児が、一人ぽつんと居残り給食しているのを見て、何人もいる先生の中の誰一人として「もういいんじゃないですか?」と言う人がいないことも、恐ろしいな、と思った。

もしかしたら言ったかもしれない。でもベテランには逆らえない。そういう状況もあったかもしれない。

それか、その園ではこれまでずっとそういう指導をしてきたから、それが普通という感覚が全員身についているのかもしれない。

 

私も、10分15分程度居残りさせられたくらいではどうとも思わない。食べるのが遅い子はゆっくり時間をかけて食べればいいと思うし。

 

今回の居残り給食は、私がたまたま隣の保育園で働いていたので発覚しただけで、そうでなければ普通はわからないことなのだ。

保護者は、我が子が園でどのような保育・教育を受けているのかわからない。

保護者の前では、先生たちはみんなステキな笑顔で優しく、子供たちにとても良くしてくれている。

でも・・・保護者のいない保育室で、暴言吐こうが厳しい叱責をしようが、子供がまだうまく話せない年齢であればやりたい放題・・・かもよ?

 

と、不安をあおるようなことを書きましたが、普通は大丈夫です。

私が勤務する園でも、先生たちはみんな優しいし、子供たちを可愛い可愛いといって楽しく日々を過ごしています。(過去には非常に厳しい先生もいたようですが)

もちろん手を焼く子どももいるので、イラっとすることはありますけどね。

 

えっと、何が言いたいかって言うと、

保護者は、園に預けたらとにかく先生にお任せで口を出さない、というのもいいですが、

少しでも気になることなどあれば、先生を信頼して思い切って意見をいいましょう、ってことです。

 

家族のかたち

  • 2016.05.09 Monday
  • 13:52
わたし、水商売やったり保育士やったりして、つくづく思うのが、
「世の中いろんな人がいるなぁ」そして「いろんな家族のかたちがあるなぁ」
ってことです。

前回の、里親制度の話の続きにもなるんですが、
実は、里親には、年齢制限的なものがあります。

絶対ではないのですが、子供が成人するころに65歳以下であること、が望ましいとされています。
体力的な問題などあるので、制限があるのはしかたありません。
で、児相の方が「自然な親子に見えることが望ましい」っておっしゃったのですが、
私自身は、他人から自然(普通)に思われようなんて、あまり意識しないほうが良いと思いました。

歳の離れた親子なんてけっこういるし、
里親だということを隠す必要もないし(事情がある場合は隠すこともあるだろうけど)、
ゲイやレズビアンの夫婦が子供育ててたっていいし、
日本人夫婦が金髪青い目の赤ちゃんを育ててもいいわけです。

いろんな家族のかたちがあるのがこの世の中なわけです。

一夫多妻とか、
代理母出産とか、
救世主兄弟とか、
デザイナーベビーとか、
世の中不自然なことだらけなんですよね。

当事者たちが家族としてそういう選択をしたならそれでいいし、
結果なんてすぐには出ませんし、
幸せならベストだし、
幸か不幸かは他人が決めることではないしね。
でも、社会のほうが多様な家族形態を認めないなら、それは不幸な結果となりやすいでしょうね。

家族形態はともかく、
遺伝子いじって赤ちゃん作るとか、受精卵選ぶだなんて・・・うんたらかんたら言う人はいますが、
神様がどうだとかは個人の信仰の問題ですし、
自然だから良い、不自然だから悪いというのは、自然主義的誤謬でしかない。

いろんな家族があるってことを前提とした社会づくりをしていくべきです。

お役人さんも、
未婚出産した人に対して「なぜ産んだんですか?堕胎する選択肢もあったのに」などと言うべきではないし、
PTAも、
活動に参加することが無理な家庭もあるってことを前提に組織運営をするべきだし、
先生も、
子供の問題行動を「あの家庭は父親がいないからだ」などという短絡的な発想はやめるべきです。

 

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